小説家は小説の中でどのように主人公にピンチを切り抜けさせるのか

小説の主人公は、作品の中で何度かピンチに追い込まれる。

銃を突きつけられることもあれば、ロッカーに隠れているときにくしゃみがでることもある。浮気現場に彼女がやってきて修羅場のゴングがなることだってある。

主人公は大抵、そんなピンチをどうにかこうにか切り抜ける。そう、主人公はピンチに出くわしてナンボだ。

小説家は、主人公をピンチに追い込んだとき、どうやって主人公にそれを切り抜けさせるのだろうか。今回は、代表的な3つのピンチ切り抜け方法について見ていくとしよう。

ピンチとは何か

まず、ピンチとはなんだろう。

「ある人物Aが、別のある人物B(もしくはモノB・コトB)によって危機的状況を与えられている」というのがピンチだ。

つまり、パワーバランスでいうと、

主人公 < 敵

ということになる。主人公よりも強い「何か」がいる、と。

なので、このパワーバランスを変化させることで、ピンチからの切り抜けが行われる。

では、変化した後のパワーバランスの分類から、ピンチの切り抜け方法を整理してみよう。

  • 引き分け。主人公 = 敵
  • 主人公が負ける。主人公 < 敵
  • 主人公が勝つ。主人公 > 敵

以下、一つずつ見ていく。

引き分け

引き分けから説明する、というのは少し違和感があるかもしれない。でも、小説におけるピンチの切り抜け方としては、もっとも使いやすいものだ。

具体的にはどんなものか。説明していこう。

引き分け、と言っても、主人公が直接的にパワーアップして

主人公 = 敵

になるとか、あるいは敵が直接的にパワーダウンして

主人公 = 敵

になるとかというよりも、むしろ主に第三者の横槍が入ってドロー、とするイメージを持ってもらうのが良いだろう。

例えば、歌野晶午の小説「葉桜の季節に君を思うということ」では、敵地に乗り込んだ主人公が敵に発見されたとき、火災報知器が鳴った隙をついて逃げ出した。

主人公と敵の正面衝突ではなく、その二人ともに危害をなすような圧倒的強者である第三者が場に投入されることにより、主人公と敵の力の差などどうでもよくなってしまう。

そんな状況を作り出すことで、主人公にピンチを切り抜けさせるという手法があるのだ。

注意すべきは、この方法は物語の序盤から中盤までは利用できるが、物語の締め、最後の敵との対峙では利用すべきではない、というところだ。

ラスボスにピンチを突きつけられて、そのとき地震が起きてうまく逃げ果せました、なんて締まりのない終わり方は許されないのだ。その点を注意して使う必要がある。

主人公が負ける

次に、主人公が負けるパターンを説明しよう。

負けるといっても本当に完膚なきまでに負けるとなると話が終わってしまうので、100%負けるわけではない。

では、どういうことだろうか。これには二つある。

  • その1:主人公が負けたふり・・をする。
  • その2:敵が勝ちを確信する。

それぞれ見ていこう。

その1:主人公が負けたふりをする

その1は、主人公が意図的に敵をだまし、敵に勝った気にさせるというもの。それにより敵は気分良くその場を去るが、実は主人公の罠にはまっていて、結局敵は敗北を喫することとなる。

これはだまし合いのコンゲームによく馴染む。例えばアメリカ映画「スティング」や五十嵐貴久の小説「Fake」などの使われ方を見るとイメージがつかみやすいだろう。

「Fake」では、イカサマギャンブラーである主人公が、因縁のある敵(暴力団)にイカサマを仕掛けつつも、そのイカサマの仕込みを敵に見破られて敗北を喫する。

しかし、その敗北を喫する状況自体こそが主人公の狙いで、敵(暴力団)が勝利に酔いしれて油断しきっている隙をついて、主人公たちは金を持って逃げ出す。そんな感じだ。

このテクニックは物語に意外性を出すことができるので、ここぞという時に積極的に使っていきたい。ラストのどんでん返しにも利用することができるので、身につけておいて損はないだろう。

その2:敵が勝ちを確信する

その2は、例えば敵が主人公を銃で撃って主人公が海に落ち、片付けたと思ったけれど実は生きていた、というようなパターンだ。

とどめをささずにあえて放置することで、もしくはとどめをさすまでもないだろうと敵が思い込むことで、主人公はダメージを受けつつもピンチの状況からは解放される、というもの。

その1との違いは、主人公側にだます意図があるかないかだ。結局は敵が「勝った」と気分良くその場を去り、表面上は主人公が負けたという図式になる。

その2のテクニックは、あまり使うと面白みがなくなるので、多用は厳禁だろう。思い出したときに、少しだけ使うことをお勧めする。使わないで済むならそれに越したことはない。

主人公が勝つ

最後に、主人公が勝つパターンを紹介しよう。

主人公が勝つことでピンチを切り抜ける、というのはどういうことだろうか。これには大きく二つある。

  • その1:火事場の馬鹿力
  • その2:作戦勝ち

さて、それぞれ見ていこう。

その1:火事場の馬鹿力

具体的には、ドラゴンボールをイメージしてみよう。

ある敵(フリーザ)がいて、その敵に圧倒的な力の差を見せつけられる。

しかし、何か(クリリンの死)をきっかけに、主人公(悟空)の内なる力が目覚め(スーパーサイヤ人化)、そして敵を倒す。

冨樫義博の「幽☆遊☆白書」の幽助対戸愚呂(弟)も同じだ。桑原を殺された(と思い込んだ)幽助が自らの非力さに怒りを感じ、パワーアップする。

見せ方に失敗すると、相当都合良い話になってしまうので、このパターンを利用するときには注意をしたい。

少なくとも、内なる力が目覚めるきっかけや、そもそも内なる力が目覚めることがあるという可能性については、どこかで触れておいた方が良いだろう。いきなり力が解放されて敵を倒しました、だと、都合良すぎて「はてな?」となる。

そして、この方法はラストにのみ使うべき方法だろう。物語の途中で主人公が覚醒すると、その後の締まりがなくなってしまう。

また、一度この覚醒をしたが最後、次に出てくる敵には覚醒状態で戦うことが当たり前になり、能力や強さのインフレを引き起こす可能性があることを、明確に意識した方が良い。

「ピンチを装っても、最後は謎の馬鹿力で倒すわけでしょう」と思われてしまえば、物語が一気にスリリングさを欠くものになってしまうのだ。

その2:作戦勝ち

強さのインフレをうまく回避し、スリリングさを常に提供している代表選手は「ジョジョの奇妙な冒険」だ。

拳で殴り合う強さではなく、特殊能力の使い方次第でバトルに勝つ。物理的なパワーの強弱は関係ない。そんな土俵と設定を作り出すことで、数値の強さの呪縛から免れることに成功している。

そんなジョジョの奇妙な冒険の第四部に、この「作戦勝ち」にマッチする印象的な戦いがあるので取り上げよう。

主人公ではないが、主人公サイドのキャラクターである漫画家岸辺露伴と、一人の少年が、物語の都合上、じゃんけんの勝負をすることになる。

(たしか)五本勝負の、単なるじゃんけんだ。

しかし、そのじゃんけんに負けると自身のスタンド能力(要するに超能力みたいなもの)を奪われてしまうというペナルティがついている。

負けられない勝負の中、二対二になり、お互い後がない状況。運は少年側に向いている空気の中、最後の勝負に挑む。

そこで岸辺露伴はじゃんけんをやる前にパーを出し、「僕はこのままでいく」という。

普通に考えればチョキを出せば勝てる状況。少年は「ふざけるな、どうせこっちがチョキを出す前にグーに変えるつもりだろう」と声を荒げるが、岸辺露伴は「それはしない」と言い切り、「確かに運はそちらに向いているかもしれないが、僕は運ではなく実力で勝つ」といった啖呵を切る。

そして実際に岸辺露伴はパーを出し、少年はチョキを出そうとし、しかし岸辺露伴が勝利をする。

どうやって? 岸辺露伴は見えないところで用意周到に自分のスタンド能力を使って、そのピンチを切り抜けたのだ。

この世で最もシビれるじゃんけんシーンだ。ぜひともチェックをしてもらいたい。

力ではなく、知恵と策でピンチを乗り切る。用意周到に準備をし、自分がピンチの状態の時、「俺は勝つ」と啖呵を切って、そして準備した仕込みを爆発させ、勝つ。

それを効果的に演出するためには、「あの時のあれはこの時のために行なっていたのか」と納得させるための描写を、それ以前に入れておく必要がある。要するに伏線を張っておくのだ。

その仕込みをうまく自然に滑り込ませることができれば、ピンチを乗り越えた勝利がより一層鮮やかにスタイリッシュになるだろう。

おわりに

というわけで、以上が3つの代表的なピンチの切り抜け方だ。これらの方法を利用し、主人公にスタイリッシュにピンチを切り抜けさせてもらいたい。

活用されたし。

ライトノベル作家。
商業作家としての名義は「くれあきら」とは別。今は主にブログで小説にまつわるアレコレを配信中。デビューから商業作家時代の話を「今、小説家になるために必要なもの(1)」に書いてます。