通りやすい企画、通りにくい企画

このエントリは、どちらかというと、出版社の編集者と一緒に本を作っている、従来のスタイルのプロ向けの話だ。しかし、もちろん覚えておいて損はないだろう。

今回のテーマは、どのような基準で編集者や出版社が小説の企画を採用するのか、通りやすい小説の企画とはどんなものか。その特徴について見ていこうと思う。

では、いってみよう。

企画について

プロの小説家になって思ったのは、「企画というのは驚くほど通らないものだな」ということだった。

新しいシリーズの企画が通らないのは言うに及ばず。すでに開始しているシリーズの続刊を書くとしても、何度も何度もプロットにダメ出しがされ、リライトの嵐だった。

お前に才能がないからだって? 確かにそれもあるだろう。

ただし、僕にしても1/1000とか1/2000とかの、結構とんでもない倍率の壁を超えて小説家になった身だ。小説を組み立てる力はまがりなりにもあるはずで、物語に対する勘もそれほど悪くはないつもりだった。

だけど、通らない。とにかく通らない。本当に、穴が開いてないみたいに通らなかったのだ。

どうやって企画を通すか

悪夢でも見ているのかというほど、企画はからっきし通らなかった。

でも、今まで片手に収まらない程度の本を出版して来たということは、結果的にはそれだけの数の企画を僕は通して来たということになる。

どうやって?

当然、コツがある。

そのコツは、二巻以降を書く場合と、新規の企画で、少し違う。それぞれ記してみよう。

新規の企画の通し方

新規の企画の場合、どんなポイントがあるだろう。大きくは二つだ。

  1. 担当編集者に馴染みのあるベクトルで攻める
  2. 説明に名作を利用する

説明していこう。

担当編集者に馴染みのあるベクトルで攻める

企画は、担当の編集者に馴染みのあるベクトルで攻めると、通りやすくなる。当たり前だけれど、重要な話だ。

例えば、担当編集者がミステリーを得意とする人だった場合、その人に向けてバキバキなSFのプロットや、ドボドボに甘い純愛小説の企画を送りつけても、ちょっと通らない。

編集者側が、SFや純愛小説の基本的ルールを分かっていない、それらに馴染みがない、となると、その企画をどうすれば面白くできるか、それがどうしたらそれっぽくなるのか、編集者として自信を持って説明、説得することができないのだ。

だから、編集者の得意分野とかけ離れた企画はやめておいた方が良い。少なくともその編集者と仕事をする限りにおいては。

ちなみに、これは、主にライトノベルの編集者向けの話だと思う。一般文芸の場合には、編集者が作品にそれほど口を出さないようなので、この限りでもないかも知れない。

説明に名作を利用する

企画を通すためのもう一つのコツは、名作を利用して説明することだ。

これはどういうことか。例えば、「こういう設定のもと、こういうキャラとこういうキャラで繰り広げる、現代版『ロミオとジュリエット』」のような殺し文句を使う。既存のストーリー展開を借用するのだ。

こうすると、話の展開を想像することができるし、何が正解なのか答えがあるから、編集者を安心させることができるのだ。

逆に、マニアックな作品を殺し文句に取り込んだり、既存の作品を殺し文句に取り込まなかったりした場合、編集者に具体的なイメージを持ってもらうことが難しくなる。

そうなってくると、編集者は、「それが面白くなる/それを面白くする確信が持てない」、「それがまともに成立する/それをまともに成立させる確信が持てない」となる。

「編集者になじみのあるベクトル」「名作を利用して説明」と、二つあげたけれど、根っこは同じだ。編集者が、「これなら俺は編集としてきちんと対応できる」と思える企画が通りやすい。

二巻以降を書くときの企画の通し方

次に、二巻を書くとなった時の、企画の通し方のポイントはどこにあるか。

一つは、新規に企画を通す時と変わらない。担当の編集者に馴染みのあるベクトルで攻め、名作を利用して説明するべし。

ただ、二巻以降となる場合、すでに一巻があるので、これに一巻の世界観を壊さないこと、というポイントが追加になる。

これは当たり前だろう。一巻で妖怪が出る話なのに、二巻になっていきなり宇宙人と宇宙船が出て来たら読者は面食らう。

一巻のどこが売りなのか、読者は一巻のどこに面白さを感じたのか、それを分析して、二巻に反映させるべきだ。一巻のフォロワーの気持ちを汲み取り、二巻を組み立てる必要がある。

おわりに

というわけで、企画を通すためのあれこれについて記してみた。

最後に一つ覚えておいてもらいたいのは、編集者というのは、何よりもまず出版社の組織の中で生きる会社員だ。

キミの出した企画を、社内の厳しい視点を持ったお偉方に対して、「これは面白いんです、いけるんです」とキミの代わりに説明する役割を担っている。

小説家は、そんな編集者に、社内で戦えるだけの武器を持たせる義務がある。

ズバッと一言で作品の売りを示すキーワードを準備するとか、新規性を示すキラーワードを作るとか、古典名作を利用してどんな話かイメージしやすくするとか。

間違っても、「書かせてもらえれば絶対に面白いものが出来上がるんだ!」なんてことを思ってはいけない。企画を通すことも、その準備を編集者と進めることも、作家の立派な仕事だ。

そう言った意味では、小説家もサラリーマンの要素を多分に含んでいる。

もし、それが嫌だというなら、出版社と仕事をするプロの作家になんてならない方がいい。

いや、なれないだろう。

編集者が、出版社が、そういう人間をビジネスパートナーとして選ぶことは、まずない。

そういう人は、フリーで小説を書いていた方がきっと幸せになれる。出版社と関わる商業小説家だけがすべてじゃない。