今、小説家になるために必要なもの(4):編集者は小説に対してどんな指摘をするのか

前のエントリで、僕と言う小説家のデビュー前夜について書いた。ここでは出版に向けたリライトについて触れたい。

(このカテゴリは続きもののため、未読の方はぜひ第一回「今、小説家になるために必要なもの(1)」からどうぞ)

結果発表

最初の電話を受けた一ヶ月後くらいに、受賞の連絡が編集部からやって来た。「くれあきらさん、あなたはなんちゃら賞受賞です。おめでとうございます。まずは某月某日に一度顔合わせを兼ねて打ち合わせをしましょう。ああ、ところで改稿するとしたらどの辺りか、くれあきらさんも考えておいてください」なんて具合に。

こちらは小説なんて二本しか書いた事がないし、それどころか今までの人生でそこまで真剣に小説を読んでいなかった人間である。そんな人間が小説のプロである編集者とまともな話が出来るのか、なんて軽く焦っていた。

ただ、デビューもちょろかったし、この先もなんだかんだでどうにかなるでしょう、とタカをくくることにした。

この改稿が相当の曲者だとは、この時のくれあきらは知る由もない。

何を改稿すべきか(大変更)

そんなわけで某月某日。いよいよ編集者とご対面。緊張の一瞬だ。現れたのは二人。三十くらいの人物(編集A氏)と、四十くらいの人物(編集B氏)。

ここでの打ち合わせのテーマは、デビュー作となる応募原稿のブラッシュアップ。

しかし、である。

ある程度の手直しを求められることは事前に分かっていたわけだけれど、当初思っていたよりも、ずっと大胆な改稿が求められた。

「くれあきらさん、あなたの作品、非常に楽しく読ませていただきました。そこで、これを出版するにあたり、さらによくしていくためにいくらか改稿をしたく思っていまして……」

と、編集者から切り出された要求は、大体こんな感じだ。

  • 主人公を変更せよ(キャラAではなくBを主人公にせよ)
  • 主人公の性別も変更せよ(女→男)
  • ついでにイケメンにせよ
  • このキャラクターを削れ(そのキャラがやっていたことは別のキャラにやらせよ)
  • このキャラクターの性格を変えよ(おしとやか→毒舌)
  • 舞台を変えよ(北海道→宇宙)
  • 時代を変えよ(現代→未来世紀前9999年)
  • 一章と二章の順番を逆転させよ
  • 三章が長いので、半分くらいまで短くせよ

本気ですか?

本気です。

本気も本気、超本気。

実際にこの通りの指摘があったわけじゃないけれど、ここに記したような爆弾がボンボン飛んできたのだ。ちょこちょこ手直しをするレベルだろうと思っていた自分が甘かった。

くれあきらが考えていた改稿案(化け方)が「化粧をする」とか「ウィッグを被る」とかその程度だとしたら、編集者が出して来た案は大量のホルモン注射と性転換手術だったのだ。

いや、感覚としては犬に直立歩行をさせるレベルだった。恐るべし。

何を改稿すべきか(中変更)

もちろん、個別の細かい指摘もどっさり。それは大体こんな感じ。

  • このキャラクターはなぜこういう行動をしたのか、それについて分かるようにせよ
  • この描写はもっと盛り上げよ
  • この説明は削り、描写でカバーせよ

こうした指摘を、原稿一枚一枚つきあわせながら大体四時間くらい話をしたのである。

そして一通りのコメントを終えた後、編集者は締めくくる。

「今日の打ち合わせを踏まえて一巻をどう修正するか、その方向性を考えてください。あわせて二巻の話の大枠(※いわゆるプロットというやつ)も考えてください。一週間後くらいにお願いします」

というわけで、その日はいろいろと宿題を貰い、軽く飲みながら少し話をして終了。

間違っても自分からは出てこないような改稿案に、プロの編集者というものがいかなるものなのか、その片鱗をかいま見た一日だった。

帰りの電車の中で、ほろ酔いの中、思うのだった。

「……これ、僕に出来るのか?」

やれるかどうかではなくて、やるしかない。が、案の定というべきか、悪夢のようなリライトの日々が続いた。

ひたすらプロットのリライト

さて、ここからは地獄のような状況が何ヶ月か続く。

何が地獄だったのか?

とにかく思う通りに進まなかったのだ。

書く側としては時間もないのですぐにでも執筆に取りかかりたいわけだけれど、一巻の見直し案と二巻のプロットに編集者のオーケーが出ない限り、次のステージである執筆にいけない。そしてなかなか編集者がオーケーを出してくれない。

編集者としてはどうしても自身の手がける作品を人気作品にしたいという思いがあるから、そのためにシリーズ全体の展開をどうするべきかを思案している。作家がその方向性に沿わない場合、編集者はそれをできるだけ早い段階で軌道修正しようとする。だからプロットにかなりのこだわりをぶつけてくる。

というわけで、僕はここでかなり苦労をした。「書かせてくれれば面白いものができあがる」という理屈や「この方向性が(編集者の意に沿わないとしても)絶対に良い」という論理は通用しない。

忘れてはならないのは、編集者がオーケーをしないと執筆はできないし、したとしても全ボツをくらうだけだし、当然出版なんてされるわけもない、ということ。

売れっ子になれば話は変わってくるかもしれないけれど、少なくとも新米作家にシリーズ全体の方向性を決定する権限はない。

編集者のいうことが聞けないなら、あるいは編集者を説得することができないなら、本が出ないだけだ。その事実をこの時期のプロットダメ出し連続攻撃で深く学ぶこととなった。

もっとも、僕にしても別に二巻をどうしたいというアイデアもこだわりもなかったのだけれど。

あとは書くだけ、二週間で

プロットを編集者に送付しては数日後にダメ出しを受け、また考え直しては提出をしてダメを貰い……これを何回と繰り返した結果、どうにかこうにかオーケーをもらう頃には、すでにヘトヘトだった。

でも、GOは出た。あとはじっくりと書くだけ……と言いたいところだけれど、そうは問屋が卸さない。どう卸さないかというと、スケジュールがこれまたタイトだったのだ。

「一巻の入稿(※入稿=印刷所に原稿を送ること。後述)は一ヶ月後を目指したいです。だから、一巻の手直しについては、まずは二週間ちょっとで書ききるスケジュール感でやってください」

二週間!

僕は、昼間は普通のサラリーマンだ。執筆に使うことができるのは、平日ならどんなに早くても夜の九時から。朝は七時半に家を出るから起きていられるのは夜の三時が限度。土日は全てを小説に使うことができるけれど、それでも足りない。

もちろん、その二週間後に完成した原稿が最終版となるわけではないのだけれど、そのくらいのタイトスケジュールでどうしても進めたい、という依頼があったとなれば、どうにかやりくりするしかない。

僕は会社が終わったら、ファミレスや漫画喫茶で執筆をし、そのままそこで仮眠を軽く取り、シャワーを浴びに明け方家に帰るという生活をしばらく続けた。

どうにかこうにか書いた後は

そして、どうにか予定日までに一通り完成をさせ、編集者に提出をしたのだった。

もちろん一発オーケーなんてことは無い。送付してから数日には大小もろもろの指摘が随所に書き込まれたPDFが編集者からメールで送り返されて来る。

その編集者からの指摘を取り込んだ原稿を書き上げて送り、また編集者から指摘を受けて……それをこれまた五、六回繰り返して、編集者がオーケーを出したら、ようやく原稿執筆がひとまず完了、晴れて入稿となる。

この段階に辿り着く頃には、もう完全に満身創痍の搾りかすだ。

でも、これですべてが終わるわけじゃない。二巻がまだあるし、一巻にしてもまだまだ作業が残っているのだ。眠る時間さえ惜しむような日々は続く。

次回、「今、小説家になるために必要なもの(5):原稿を書いた後の小説家の仕事」につづく