失敗作が生まれる仕組み

キミは小説を書いたことがあるだろうか。

あるとしたら、それは成功作だろうか、失敗作だろうか。もし失敗作だとしたら、その「失敗」とはなんだろうか。

ここでは、僕の経験した失敗について、少し話をしたいと思う。ひょっとしたら、キミの執筆に少し役立つかもしれない、という期待を込めて。

では、行ってみよう。

恋愛小説がかけなかった理由

僕がある作品を書く際、「この作品には恋愛要素を入れよう」と編集者との間で話が上がったことがある。主人公は女子で、周りにイケメンの男子が何人かいて、そのイケメンたちがそれぞれ主人公の女子にアプローチをして取り合いをする、みたいな感じだ。

しかし、どうにも筆が進まず、どうにか書き上げても編集者の反応も今ひとつ。もちろん僕自身も納得していない仕上がりだった。

結局どうしたかというと、その作品からは恋愛要素のトーンをだいぶ弱めて作品を仕立て直し。要するに一部ボツだ。

これはひとえに僕の実力不足なわけだけれど、では僕に何が足りなかったのだろう。

分析してみると、こんなところだ。

  1. 恋愛ものの物語(特に女子が主人公の物語)のセオリーを把握していなかった
  2. 恋愛もののセオリーを踏まえて応用を効かせることができなかった
  3. そもそも恋愛ものの物語に興味がさほどなかった

それぞれ少し説明をしよう。

恋愛もののセオリーを把握していなかった

恋愛ものの執筆に失敗した原因の一つは、僕が恋愛もののセオリーを把握していなかったからだ。

というよりも、多分大抵の男子は(少女漫画的な)ガチの恋愛物語に触れる機会はあまりない。

少年誌などで繰り広げられる物語(男子向け物語と言おう)では、恋愛はどうにもおまけ的で、しかも男女の関係が複雑化しない(ヒロインは主人公を好きになってそのまま。脇役の女子も主人公を好きになってそのまま、みたいな)。

もちろん、少女漫画のように人間関係が移ろう男子向け物語も存在するだろうけれど、僕はあまり目にしてこなかった。

女子向けの恋愛もののベースとなるセオリーを把握していなかったというのが、失敗のうちの一つだ。

恋愛もののセオリーを踏まえて応用を効かせることができなかった

恋愛ものの執筆に失敗した二つ目の原因は、女子向けの恋愛物語のセオリーを応用させることができなかった点にある。

物語を作る側になり、必要に迫られて必死になって少女漫画を読み漁り、少女漫画的な展開の小説を読めば、少女漫画的な定石はだいたい分かってくる。

どのようにイケメンヒーローと出会い、どのように男子に気に入られて、どのように脇役の女子から「何よあいつ」と目をつけられ、どのようにその女子との不仲を解消し、どのように男子とすれ違い、最終的にどのように男子と結ばれるのか、大枠は把握できるようになる。

正直、ある物語形式(悲劇、SF、ハイファンタジーなど)についてのセオリーを把握していないとしても、ある程度なら付け焼き刃でもどうにかなるものなのだ。

しかし、こと恋愛もの、それも異性を主人公にした恋愛ものに限っては、そのセオリーの先にある応用を組み立てていくのが、相当厳しい。

というのも、例えばキミが男性で、主人公を女子にした場合、その主人公が何を考えているか、女子が何を望むか、何に怒るか、何に悲しむか、何にときめくか、そういうものを熟知していないと、主人公である彼女の心境を上手く描写できないという事態になる。

ディテール(細部)の作り込みが、極端に荒くなるのだ。

キミが男性だとしたら、女子の読者を納得させることができるだけの女子の恋愛模様を描写することができるだろうか。

キミが女性だとしたら、男子の読者を納得させることができるだけの男子の恋愛模様を描写することができるだろうか。

女子のことを理解したうえで主人公のヒロイン像を作り込まないと、どうにも胡散臭くなる。恋愛もののセオリーである程度のものを仕立て上げることはできるかもしれないが、かといってセオリーだけで押し通そうとすると、どうにもよそよそしい、借り物の物語になることは避けられないだろう。

そう。大抵の男子は、女子のネイルの変化にピクリとも気づかないし、髪の毛の長さが20センチ短くなっても下手をすると気づかない。パンツとブラの柄が揃っていないと何が問題でどんな不都合があるのか、それさえ分からない。

そんな男子(というか僕)に、女子を納得させるだけの(女子視点の)恋愛模様を描けるはずもないのだ。

そもそも恋愛ものの物語に興味がさほどなかった

恋愛ものの執筆に失敗した三つ目の原因は、そもそも僕が恋愛をメインに構えている物語に興味がなかったからだ。

読むのもそうだし、書くのもそう。

やはり好きなものじゃないと魂を込めて書くことはできない。「これがいいんだ」と胸を張って読者に届けることができない。

「セオリーとルールに則ればこれでいけるはずだけど……」なんて態度で挑んだ作品が面白いはずもないし、書いていて楽しくもないし、何よりキャラクターたちを愛すこともできない。

キャラクターを愛すことができないと、キャラクターを輝かせ、活躍させることに支障をきたす。キャラクターに対して誠実であることができなくなる。

もちろん、商品として最低限のラインは超えるものを出す。けれど、書いていて心踊らない作品を生み出すのは、精神衛生上よろしくない。結果として、いろいろしんどくなる。

僕にとって、恋愛メインの物語は、それに当たると言うわけだ。

おわりに

というわけで、簡単ではあるけれど、僕の失敗談について語ってみた。

プロの小説家や、プロの漫画家などは、売れるからと言う理由で望まない物語をしたためることもあるし、望まない物語展開をさせることもある。

ただ、正直自分が夢中になれない物語や、自分が愛せないキャラクターや、興味がまるで湧かないジャンルを扱うとなると、執筆が楽しくなくなる。それは多かれ少なかれ、確実に作品に現れてくる。

だから、小説を書こうと言うのなら、ありきたりだろうがなんだろうが、これがいいんだ、と本気で思えるものを書くべきだ。

もし仮に書きあがった作品が不出来で未熟な代物でも、その作品に愛があれば、それをさらに良くするための努力ができる。

反対に、キミ自身が興味を持てない作品なら、たとえそれが流行りであろうが売れていようがなんだろうが、やめておいた方が良い。

末長く自分の作品を愛すること、それができる作品を作ることが、物語作成の上達の近道であり、王道である、と僕は思う。

もちろん、プロならそうも言っていられない時もある。けれど、少なくとも、好きなものを書ける時には、好きなものを書くべきだ。

活用されたし。

ライトノベル作家。
商業作家としての名義は「くれあきら」とは別。今は主にブログで小説にまつわるアレコレを配信中。デビューから商業作家時代の話を「今、小説家になるために必要なもの(1)」に書いてます。