叙述トリックの作り方

叙述トリックというものをご存知だろうか。

主人公を男性だと思って読んでいたら、実は女性だったとか。登場人物が途中から入れ替わっているのに、同じ人物だと思って読んでいたとか。そんな風に、読者に誤解をさせることで成立するトリックのことを、叙述トリックと呼んでいる。

ここでは、叙述トリックものを書く際に注意しなくてはいけないことを記そうと思う。このエントリを読むにあたっては、ぜひ「小説家が駆使する「四種の嘘」とは?」を先に読んでもらいたい。

では、いってみよう。

今の日本で一番流通している日本人小説家は?

いきなりだけど、ここでクイズに答えてもらいたい。2018年の現在、日本で一番流通している日本人小説家は誰だろう。

東野圭吾?

宮部みゆき?

百田尚樹?

村上春樹?

池井戸潤?

黒柳徹子?

夏目漱石?

全部違う。

聖書を翻訳した人? 確かに聖書の発行部数はすごいが、そもそも聖書を書いた人も翻訳した人も日本人小説家ではない。

一つ縛りを設けよう。ここでいう小説家は、ウィキペディアで職業が「小説家」とされている人とする。

ちなみに、村上春樹の大ベストセラー、「ノルウェイの森」は1000万部。

黒柳徹子の「窓ぎわのトットちゃん」は800万部。

細木数子の「六星占術あなたの運命」はシリーズで7000万部。

小説家ではないが、尾田栄一郎の「ONE PIECE」がシリーズでだいたい3億2000万部。

どれもベストセラーというだけあってすごいものだが、その作家の流通量は「ONE PIECE」のシリーズ売り上げ部数に近い。

果たして、この小説家はいったい誰だろうか。

その答えを明らかにする前に、今回のテーマの中心部に触れてみよう。

今回のテーマ。つまり、叙述トリックについて、だ。

叙述トリックとは

小説家が駆使する「四種の嘘」とは?」のエントリでも触れている通り、叙述トリックとは「読者をだまし」「登場人物をだまさない」ことで成立するトリックだ。

どういうことか。

叙述トリックを使う場合、小説家は読者をだますために描写をごまかし、しかし嘘はつかずに、読者に誤解を与えるように仕向ける。

だが、登場人物同士では、小説家が読者にひた隠しにしているその事実、例えば主人公が若い男性であるかのような記載をしつつ、実は70を超えた爺さんだとか、を前提として話が進まないといけない。

つまり、読者をどれほど巧みにだまそうが、小説の中の登場人物からすると、その主人公は70の爺さんに他ならない。登場人物は主人公を70歳の爺さんとして扱わないといけない。

(ちなみに上記は歌野晶午の「葉桜の季節に君を想うということ」だ)

そう。叙述トリックでだまされるのは、読者だけにする必要があるのだ。叙述トリックにおいて、物語の登場人物は小説家の共犯者でなくてはならない。逆に言うと、登場人物が読者と同じ調子でだまされていてはダメなのだ。

また、最後の最後で登場人物が変わったことに気づかされるという乾くるみの小説もある。「イニシエーションラブ」だ。この小説は、物語の途中から主人公が入れ替わっていたことが、最後の最後で明らかになる。

冴えない少年が少しずつ大人になり、それなりに成長しているのを応援しながら読んでいるつもりだった読者としては、いきなり最後に「実は別人でした」と言われると、なかなかに刺激的なのだ。

つらつらと書いたけれど、つまりこういうことだ。

叙述トリックとは、小説家と登場人物が一丸となって読者をだます物語形式である。

語ること=騙ること

叙述トリックでは、登場人物と読者が、違う世界を見ている必要がある。でも、同じ世界を見ているかのような錯覚を起こさせないといけない。

そして、最後に「勘違いしていたのは、間違っていたのは、誤解していたのはキミだ」と読者に突きつけ、種明かしをしないといけない。

叙述トリックの答え合わせは、あからさまであれ、さりげなくであれ、読者の誤解を指摘する形で行われていく。

さて。

では冒頭のクイズの答え合わせをしよう。今の日本で一番流通している小説家は誰かというクイズだ。

ヒントその1。女性だ。

ヒントその2。故人だ。

ヒントその3。今現在、その小説家の流通数量は推定約五億。

ヒントその4。流通量の単位は五億ではなくて五億

ヒントその5。値段にして二兆五千億円。

ヒントその6、つまり一あたり五千円。

もうわかっただろう。

五千円札に印刷されている小説家、樋口一葉だ。

僕は「2018年の現在、日本で一番流通している日本人小説家は誰か」と聞いた。「2018年の現在、日本で一番流通している小説を書いた日本人小説家は誰か」とは聞いていない。

だからその流通物件が、小説である必要はない。紙幣でダメな理由なんて何一つない。問いかけた張本人である僕がそれを正解だと定めているのだから、絶対だ。

ちなみに、お札としてはかつて千円札だった夏目漱石の方が流通していただろうが、今はもうそのほとんどが日銀に回収されてしまっている。2018年の話をしているので、不正解だ。

ズルい? その通り。小説家なんてそんなもんだ。

なにしろ物語の中の世界のルールを全部一人ででっち上げるのだから。ズルくなければ話にならない。語ることはかたること、つまりだますことに他ならない。話にならなければ、話ができなければ、小説家失格だ。

叙述トリックを使う際の注意点

先の樋口一葉の話は、ある種の叙述トリックだ。

日本で一番流通している小説を書いた人を当てさせようとしているかのように誤解させる。今まで売れた著名作家の名前と代表作の発行部数を出して、小説の発行部数の話しかしていないと思考の順路を作る。

散々そうやって道を作って読者を追い込んだ挙句、「僕が聞いているのは小説家の流通量であって、それが小説の形態である必要はない。誰も発行部数に限った話なんてしていない」そんな感じにハシゴを外す。

どうだろうか。

樋口一葉という答えに対し、面白いと思った人は、叙述トリックを作品に取り入れていくのも一つの手だと思う。

最後のオチに使わないにしても、ちょこっとしたトリックの答え合わせに使うことで、作品全体に締まりを持たせることができる。

ただ、注意点もある。

僕も何度か作中で叙述トリックを使ったことがあるけれど、うまくやらないとわざとらしく、説明くさくなってしまうことが難点だと感じていた。

使うなら、「ほら、あの時こう言ったでしょう?」なんてニュアンスのセリフを出さないようにした方が良い。言い訳じみてしまうからだ。

そういう意味では、最後の一行で叙述トリックであることが明らかになる「イニシエーションラブ」は秀逸だ。なにしろ「あの時こう言ったでしょう?」と言い訳をする時間なんてないのだから。言い訳めいた読み味になりようがない。

伏線を張るなら、読者が勝手に思い出すような、ユーモアに溢れた言葉であればベターだろう。伏線というものは、笑いの陰に隠れている方がバレにくい。この辺りは別のエントリで機会があれば触れたいと思う。

おわりに

ともあれ、今回は叙述トリックについて思うままに語ってみた。もし今回のエントリの中で、活用できるものがあると思うのであれば、ぜひ拾い上げてもらいたい。

活用されたし。