小説家が使う演出のテクニック

小説家は、自分の小説の中のシーンをうまく演出するよう心がけている。

 

では、小説家は、一体何を演出するのか、どう演出するのか、何のために演出するのか。

 

このエントリでは、それについて触れていきたいと思う。

 

さて、行ってみよう。

 

演出とは何のために行われるか

そもそも演出とは何だろう。いったい、何のために行われるのだろう。

 

端的に言うと、演出とは「何かをよりいっそう効果的に見せる」という目的のために行われる。

 

「演出」することで、より届くようにするのである。読者の心に、しっかりと届くようにするのである。

 

そのために、小説家は演出をして見せ方を工夫しようとする。

 

何を演出するのか

では、小説家たちは「何」を演出するのか。よりいっそう効果的に見せるべき「何か」とは何だろう。

 

身も蓋もない話をすれば、あらゆるものが演出の対象となりうる。

 

分かりにくい設定も、料理の美味しさも、キャラクターの可愛さも、勝利の喜びも、複雑なゲームのルールも、恋人を失った悲しみも、朝の澄んだ空気も。

 

ありとあらゆるものが、演出されうる。

 

どう演出するのか

小説において、あらゆるものが演出の対象となる。では、演出の方法にはどのようなものがあるのか。

 

小説における演出の方法は、大きく次の二つがある。

 

  • 倒置型演出
  • 置換型演出

 

聞いたことがない? 当然だ。例によって例のごとく、たった今僕くれあきらがでっち上げたのだから。

 

というわけで、このでっち上げ用語には説明が必要だろう。

 

倒置型演出

倒置型演出とは、「セリフなり地の文なりでうだうだとルールや設定を説明することを省くため、そのルール、設定を実際のアクションに起こしてまず読者に見せつける」という演出方法だ。

 

例えば、「はめられた首輪を取ると爆発する」という設定があるとしよう。

 

これを、演出なしに書くとしたら、「あなたの首にはめられているその首輪は、無理に外そうとすると爆発します」と言葉で説明し、その後いずれかのタイミングで(物語上、それが爆発する必要があるタイミングで)実際に首輪が爆発する、となる。

 

対して、倒置型演出を使うとしたら、「はめられた首輪を外そうとしたら爆発してキャラが死んだ」というところをまず描き、そこから「おっと、いい忘れていたけれど首輪を外すとご覧の通りだからお気をつけて」と補足説明が加わる。

 

つまり、倒置型演出は、「説明→アクション」ではなく、「アクション→説明」と説明の順番を倒置する手法と思ってもらえれば良い。

 

こんな風に倒置型演出を利用することにより、説明のボリュームを抑えつつ、必要な情報を印象的、効果的に伝えることができるわけだ。

 

倒置型演出は、主に物語上のルールや設定などを分かりやすく&覚えやすくするために使われる、といったところだろう。

 

置換型演出

倒置型演出がアクションと説明の順番を入れ替えることで読者に伝えるべき情報を効果的に伝える手法であるのに対し、置換型演出は説明を描写に完全に置き換えることで読者に情報を効果的に伝える手法だ。

 

つまり、セリフや地の文で書く内容を、アクション描写に置き換えるのである。

 

分かりやすい例があるのでこれを使って説明しよう。

可愛いムービーだ。

 

 

ムービーの内容は、アーティストのSHISHAMOが高校二年生の女子の告白を応援する、というもの。提供はカルピスウォーター。

 

少女は先輩を公園に呼び出し、告白をする。「好きです」と。

 

その決死の告白に対し、先輩が何と返したのか。

 

それは、セリフでは語られない。ムービーが終わるまで、語られることはない。

 

だが、最後の映像、カルピスウォーターばりの甘酸っぱい距離を保ちながらも、笑顔で手を繋ぐ二人のショットで、僕たちは彼の答えを知ることができる。彼が「YES」の答えをし、彼女の告白は成功したのだ、と。

 

こんな風に置換型演出を利用することにより、説明を省き、必要な情報を印象的、効果的に伝えることができる。

 

置換型演出は、主に読者の感情を揺さぶるシーンで、そのシーンをよりドラマチックにするために使われる、といったところだ。

 

おわりに

倒置型演出にせよ、置換型演出にせよ、演出をしようと思ったらとにかくその説明をアクション描写にしてみる、ということが重要になる。

 

最後に一つ。

 

小説家は語ることが仕事だ。そして、登場人物たちに語らせることが仕事だ。

だが、一番大事なことは、セリフで語らない方が良い。

セリフで語らないことが、これ以上ないほどに語ることになる。

そんなことがあるのだ。

そうすることこそが、小説家の本当の仕事だとさえ僕は思うーーねぇ、

 

活用されたし。