異世界転生ものの小説の書き方

昨今、異世界転生ものの小説が多く書かれている。主に、小説投稿サイト「小説家になろう」でその傾向が顕著だ。

異世界転生ものがこれだけ多く書かれている社会的な理由や背景というものが、おそらくあるのだろう。

その理由や背景を掘り下げていくのは、非常に面白いテーマだと思いつつも、僕にはそれを分析する力がない。社会学的アプローチの手法を持ち合わせていないのだ。

だから、なぜこうも異世界ものが数多く書かれているのか、あるいはかつて数多く書かれていたのか、それについて僕は語ることができない。

だけど、異世界転生ものの物語と、従来の物語を比べた時、異世界転生ものの特殊性、新規性がどのあたりにあるのか、それについては語ることができる。

ここではその特殊性について語ろう。

そして、その特殊性の理解は、異世界転生ものの物語を創る際に、確実に役立つはずだ。

異世界転生ものの特徴

異世界転生ものの作品の特徴はいくつかあるけれど、その根底には徹底した主義が見え隠れしている。

読者、作者双方の負担を極力減らし、得られる効用を最大化する――そんな効率至上主義だ。

それについて語る前に、まず、異世界転生ものの作品が持ち合わせている特徴を挙げてみよう。

  1. 既存の、よくある世界観(中世ヨーロッパ風)を活用する
  2. 物語を二つの軸で組み立てる
  3. 旅立つ時、苦労もなく特殊な力を手に入れている
  4. 読者の反応を見ながら軌道修正
  5. 冒険に旅立ち、そして帰ってこようとしない

カテゴリ分けをすると、1、2が設定観点の話で、3、5がプロット、物語構成の話だ。4は少し特殊で、執筆運営に関する特徴になる。

言うなれば、これらが異世界転生ものの骨格だ。

それぞれ見ていこう。

既存の、よくある世界観(中世ヨーロッパ風)を活用する

多くの異世界転生ものが中世ヨーロッパの、剣と魔法とドラゴンの世界を採用している。これにより、世界観の描写にかけるコストを極端に削ぎ落としている。

世界観や風景描写に対してかなりストイックな省エネ主義を徹底しているといえるだろう。

しかし、これは異世界転生ものに限らず、今までもゲームや漫画で利用されてきた手法だ。極端ではあるし、特徴と言って差し支えないレベルだけれど、異世界転生ものの専売特許というわけでもない。

というのも、世界観に限らず、既存の空想概念(妖怪とか)を借用するという手法は、プロ・アマ限らず至る所で採用されているのだ。実際、僕も使ったことがある。

けれど、描写によって風景や状況を説明することを省略する傾向と、それを読ませるコストを削減する傾向は、異世界転生ものの物語に明らかに見て取れる。

そして、異世界ものの異世界は、ほぼ説明不要な異世界に限定される。中世ヨーロッパ風で、ドラクエ風で、ゼロの使い魔風で、ハリーポッター風で、指輪物語風な、あの異世界に。

物語を二つの軸で組み立てる

従来の物語では、例えば異世界に行ったら異世界に行ったことだけを軸にして話を組み立てる。十二国記では中国に飛んで行った主人公は、そのまま非力な少女だった。いきなり変な力を手に入れたりはしなかったわけだ。

しかし、例えば「Re:ゼロから始める異世界生活」では、異世界に転生した上に、死に戻りと呼ばれる力も身につけていた。つまり、死んだら時間がどこぞのセーブポイントまで戻るというものだ。

死に戻りだけでも物語の軸に利用できる。にも関わらず、異世界転生をし、その上で死に戻りの力を持たせている。

従来の小説家の感覚では、これはタブーの領域だろう。軸がいくつもあると、なんでもありになってしまうのは別エントリ「設定を考える時、小説家として意識すべきポイント」で述べた通りだ。

そう。従来の小説技法に照らしてみれば、異世界転生ものの物語は、失敗作の代表例みたいな構図なのだ(あくまでも従来の小説技法に照らしてみれば、の話)。

物語を二つの軸で組み立てるというのは、異世界転生ならではの構成、と考えても良い。

ちなみに一つ。

では、なぜ異世界転生ものを書く小説家は、最初からファンタジーの世界を描こうとせず、あえて普通の現代日本人に異能を身につけさせて、異世界に放り込むのか。

実は、これには作家側の都合がある。思いっきり小説技法上のテクニカルな都合が、ここには隠れているのだ。詳細は後で触れるとしよう。

旅立つ時、苦労もなく特殊な力を手に入れている

異世界転生ものの主人公たちは、言ってしまえば強制的に旅に出る憂き目にあった人たちだ。

しかし、主人公たちがその世界を受け入れているという点から考えると、それはのっぴきならない理由で旅に出ているというよりは、自ら望んだ旅に出ているのに近い。

「いつかこの退屈な世界から脱することができれば」と異世界への転生を待ち望んでいた感さえ思わせる。

少なくとも、のっぴきならない理由で旅に出る、と分類するには、決定的に飛んだ先の異世界に対する拒絶感が足りない。絶望感も見受けられない。

それは、異世界転生後の主人公が、衣食住の面で割と恵まれている上に、チートな力を転生後に身につけていることが一因だ。これにより、異世界に転生したという、通常ならハードすぎる序盤の物語が、ある程度すんなり進む仕組みになっている。

「転生したらスライムだった件」では、死んだサラリーマンがスライムに転生する。それだけ聞くと最弱の個体に転生したかのように聞こえるが、このスライムは無敵の力を得たスライムだったりするのだ。そしてその力を使い、スライムが無双する。

苦労もなく特殊な力を手に入れているというこの特徴は、異世界転生ものの物語ならではとまでは言わないが、異世界転生と親和性が高い物語構成といえるだろう。

ちなみに、「本好きの下剋上〜司書になるためには手段を選んでられません〜」では、主人公は特殊な力を得るどころか5歳児に成り下がるわけだが、現代日本の知識を中世ヨーロッパ風世界に持ち込み、活用することで活躍をしてみせる。

あえて異能を身につけさせないとしたら、知恵や知識で活躍させる方法も一つだろう。中世ヨーロッパの世界観からすると、現代日本人の知恵は、実質魔法と同じだ。

読者の反応を見ながら軌道修正

アクセス数や、感想欄のコメントを見ながら、いつからアクセスが少なくなったのか、だとするとそのいくつか前が面白くなかったのか、そんなことを分析をし、ストーリー自体に軌道修正を絶えず行なっていく。

これは異世界転生の特徴ではなく、ネットで定期的に小説をアップしている場合の特徴だろう。

オンラインゲームと同じで、終わりがない。エンドレスで、絶えずアップデートが繰り返される。

というわけで、読者の反応を見ながら軌道修正するのはネット小説の特徴だが、そのネット小説と親和性が高い異世界転生ものの特徴としても捉えることができる。

冒険に旅立ち、そして帰ってこようとしない

主人公が冒険に旅立ったあと、元の世界に帰ろうとしないという点も、従来の物語の作りと比較して、だいぶ逸脱したものである。

大抵の物語では、旅に出た主人公は、その旅先の世界で何かを学び、成長をして、そして元の世界に戻って来る。

なので、旅に出た主人公が戻ってこようとしないとなると、従来の物語展開の基準としては、文字通り話にならない。

これについて、少し現実的な話をしよう。

従来の出版物としての小説の場合、プロットに対して編集者からオーケーが出たら、そこから執筆が開始される。

しかし、「小説における「新規性」について」で述べた通り、編集者は危険を嫌う。

今でこそ異世界転生ものがこれだけ出回っているので、なんの抵抗もなく主人公が帰ってこない物語を書き下ろしで作家に書かせる編集者はいる。

けれど、主人公が旅立って、しかも戻ってこないなんて、そんなイレギュラーなものを書き下ろしで扱うことができる編集者などいなかった。

(そういう意味では、ヤマグチノボルのライトノベル「ゼロの使い魔」が果たした意味は大きいだろう。あの作品の主人公は、基本的にそこまで真剣に元の世界に戻りたがらない)

だから、行ったきりのプロットの物語は、従来の紙媒体の市場には出回っていなかった。

一方、異世界ものは基本的にネットでお披露目されて人気が出たものが出版される。

編集者の目を経由しないから、そこで生まれる物語に制約は存在しない。終わりを決めずにいきなり書き始めて、物語が異世界に行ったきりで、別に主人公が元の世界に帰ってこようと躍起にならなくても許される。

行ったきりは、異世界転生ものの特徴の一つだ。もっというと、出版社を介さないで発表された小説の特徴の一つだ。

では、なぜ主人公たちは現実の世界に戻ってこようとしないかというと、これは作者側の都合だ。

もともと、作者は中世ヨーロッパファンタジーの世界で無双する(もしくは苦労する)主人公の物語を書くために、主人公を異世界に飛ばしているのだ。作者のモチベーションは、主人公が元の世界に戻るというところには一切ないわけである。

今では、読者もしかりだろう。主人公がやたらと現実世界に戻りたがっていたら「ちょっと違うな」と思うはずだ。

そんな異世界転生ものの小説も、完結させるときには取ってつけたように現実の世界に戻ってきたりする場合もあるようだけれど。

なぜ小説家は主人公を「異世界」に「転生」させるのか

さて。では作家たちはなぜこうした異世界転生ものの小説を書こうとするのか。

もっというと、なぜ作家たちは最初から異世界で生まれた人間を主人公とせず、現代日本人と思しき人物をファンタジーの国の住人にしようと思うのか。

流行っていて、鉄板だからそうしている?

まあそれもある。というか、今、異世界転生ものを書こうとしている新参の作家たちは、それが一番の理由だろう。

しかし、別に最初から異世界転生ものが流行っていたわけじゃない。だとすると、最初のパイオニアたちはなぜこのフォーマットを利用したのか。

理由は明白。

異世界や特殊能力についての説明が圧倒的に楽なのである。

例えば、異世界で生まれ育った人間が主人公である場合、僕たちが住むこの世界との違い、例えば魔法があったりドラゴンがいたりということを、さも当たり前のように書かないといけない。

当たり前のように書きつつも、しかしそれが読者に伝わるように強調されないといけない。ここはそういう世界なのだ、としっかりと伝えるための工夫が必要となるのだ。

それに対し、現代日本で生まれ育った人間を中世ヨーロッパ風の世界に放り込めば、「なるほど、この世界では貴族階級の人々は大抵ちょっとした魔法が使えるらしい」とか、僕たちが実際に住んでいるこの世界との違いを、主人公の感想として読者に伝えることができる。

つまり、「読者の持っている常識」=「異世界転生をした主人公の常識」となる。だから、世界観や設定の説明が楽になるのだ。

そして、「そんな異世界に主人公を放り込むのだから、特殊な変わった能力を持たせないと、なんの役にも立たないのでチートな能力を身につけさせてしまおう」という発想から、奇妙な能力を身につけた主人公が生まれる。

徹底した効率至上主義

ここで、冒頭で触れた「異世界転生ものに見受けられる徹底した効率至上主義」を、先に挙げた異世界転生ものの五つの特徴と照らし合わせて紐解いてみよう。

既存の、よくある世界観(中世ヨーロッパ風)を活用する

よくある世界観を利用することで、作者は描写の効率化を図る。一言「中世ヨーロッパ風RPGの世界」と言えばそれだけで伝わる。

それを受けた読者は、すでになんども映像化されているあの世界観を難なく頭に思い浮かべる。

双方の脳にとって負荷の少ない、効率的な情報のやりとりがそこに存在しているというわけだ。

物語を二つの軸で組み立てる

異世界転生ものの物語は、「異世界に転生させて」「冒頭で異能力を手に入れさせる」という二つの軸を採用している。

既に述べた通り、物語全体を通して、物語の軸を複数用意するのは基本的にNGだが、異世界転生ものはこれを冒頭で一気に両方片付けることで、NGをOKたらしめている。効率的に、自分(作家)が描きたい世界舞台を構築していると言えるだろう。

なお、「異世界に転生させる」ことで実現される効率化は、先に述べた通り描写の効率化だ。

舞台として魅力、人気がある世界を使いつつ、その世界観に対する説明をできるだけ現代の日本人に伝わりやすいようにする。そのために、異世界に普通の日本人の目と常識を持った人間を放り込む。

そうすることで、異世界の特殊な出来事を、日本人の主人公が日本人の感性のまま描写するスタイルを許容させている。

剣と魔法とドラゴンの世界に日本人を放り込むことで、「まるでスマホのようだ」とか「エレベーターみたいなものか」とか、現代を生きる僕たちにわかりやすい説明で異世界を説明していくことができるので、やはり情報伝達が効率化されるのだ。

そして、「冒頭で異能力を手に入れさせる」ことにより実現される効率化項目については、以下の「旅立つ時、苦労もなく特殊な力を手に入れている」で示している通りとなる。

旅立つ時、苦労もなく特殊な力を手に入れている

旅立ちの時、つまり異世界に転生する時、小説家は主人公に特殊な能力を与える。これは、転生後の異世界で、主人公に物語の冒頭から、早速活躍してもらうためである。

従来の物語形式では、主人公が、誰かの協力を借りて徐々にレベルアップをする(もしくは、なんらかのきっかけで謎の力に目覚める)という話の筋が王道だった。

しかし、主人公が苦難を乗り越えて成長するのを見届ける楽しみがあるのと同様、成長した主人公が敵を倒して無双するのを見る楽しみもある。

そして、作家の気持ちが「主人公が無双をする姿を描きたい」というところに重点があるとすると、「成長の過程を描きたいわけではないので、その特殊能力を転生の際に与えておこう」と考えるわけだ。

最小限の紙面で、作家が描きたいと思うところまでコマを進める。旅立ちの時に特殊な能力を与えるのは、そんな作者の思いを効率的に実現する方法の一つなのだ。

読者の反応を見ながら軌道修正

通常、執筆が完了してから本が世に出るまで少なくとも二ヶ月、大抵三ヶ月はかかる。

その後、色々なところで感想が出回るので、自分が書いた作品や物語展開に対して「あり」か「なし」かの世間的評判を知ることができるのは、執筆から三ヶ月経った頃となる。

その段階だと、次の巻を書いていたりするわけである。そうなるとなかなか方向転換は難しい。その上、方向転換するにしても、「章」や「節」レベルでの方向転換ではなく、「巻」レベルの方向転換となるので、だいぶ大振りとなる。

しかし、ネットでのレスポンスは、執筆と出版がほぼ同時期となりうるため、ずっと早い。感想を手に入れるために何ヶ月も待つ必要なんてない。

だから、反応を見て随時アップデートが可能なのだ。

異世界転生に特化した話ではないけれど、ネットで小説を発表するメリットは、そうした読者の感想を効率的に取り入れることができる点にもあると言えるだろう。

冒険に旅立ち、そして帰ってこようとしない

冒険に旅立ち、帰ってこようとしない、というのは、どちらかというと効率化の手段ではなく結果といえるだろう。

そもそも舞台を異世界にするために異世界に飛ばしたわけで、作者には主人公を現実に戻させる理由もモチベーションもない。読者もそれを望んでいない。

となると、必然的に、戻るべき場所などなくなる。

効率化の結果、主人公は戻り先を失ったのだ。

おわりに

異世界転生ものの物語を書きたいなら、最低限、このエントリで記した異世界転生ものの特徴を押さえる必要はある。

一蘭としてまとめると、こんな感じだ。

その上で、小説家が主人公を「異世界」へ「転生」させる理由(異世界の説明がしやすい、異世界に行くのだから活躍させたい)を理解し、魅力的な世界を読者に届けてもらいたい。

ただし、それだけでは面白くない。せっかく異世界転生ものを書くなら、ありきたりのテンプレを利用するのではなく、もっとアグレッシブに攻めて良い。

すでに述べた通り、異世界転生ものは、今までとは違うルールで執筆されている。既存の感覚からすると、異端感がある部分も多々存在する。

しかし同時に、それは新しい物語構造を作り出すチャレンジングな試みでもある。そう思う。

違和感を訴えるより、こうした従来と異なる物語構造が受け入れられる土壌ができていることを理解し、楽しみ、そして良いと思える部分は自分の作品に取り入れた方が良いだろう。

なにしろ、新しい物語構造が生まれるところに出くわすなんて、そうそうない。異世界転生ものは、そんな新しい物語構造のフロンティアを切り開いた、一つの事例なのだ。

活用されたし。

ライトノベル作家。
商業作家としての名義は「くれあきら」とは別。今は主にブログで小説にまつわるアレコレを配信中。デビューから商業作家時代の話を「今、小説家になるために必要なもの(1)」に書いてます。