小説や漫画、アニメなどで、「誰かさんの記憶を消す」というストーリー展開を見たことはあるだろうか。
たとえば、「自分を愛している誰かさんが、自分のせいで辛い目に遭う。ゴタゴタを片付けた後、トラウマとして残らないよう、その誰かさんの記憶を自分への思いとともに消して、全部なかったことにする」といった、切ないストーリー展開だ。
今回、それについて触れてみたいと思う。
誰かさんの記憶を消す物語
「誰かさんの記憶を消す物語」の構図は、多くの作品で活用されている。
例えばこんな作品だ。
- 漫画「幽☆遊☆白書」
- アニメ「コードギアス 反逆のルルーシュ」
- 漫画「シティハンター」
それぞれどんな風に使われているのか、軽く触れてみよう。
幽☆遊☆白書
漫画「幽☆遊☆白書」では、蔵馬と飛影が出会う話(「TWO SHOTS」)で「誰かさんの記憶を消す物語」の構造が利用されている。
中学生時代の南野秀一(蔵馬)が住む町では、人食い妖怪による被害が多発していた。
ある日、南野に思いを寄せているクラスのヒロイン喜多嶋が、その人食い妖怪にさらわれたことを南野は知る。
南野は彼女を助けに行き、自身の能力(植物を操る力)を利用して(ともに戦うこととなった飛影と協力して)人食い妖怪を倒す。
事件を片付けた後、妖怪の存在とその恐怖を知った喜多嶋の記憶を、自分への思いとともに消し去る。
コードギアス 反逆のルルーシュ
アニメ「コードギアス 反逆のルルーシュ」では、サブヒロインであるシャーリーの記憶を消し去る話で「誰かさんの記憶を消す物語」の構造が利用されている。
主人公ルルーシュは自身のギアス(人を操る力)を使い、「誰かが誰かを虐げることのない国家」を作ろうとしていた。
その目的を達成する活動の中で、ルルーシュは彼に思いを寄せる同級生シャーリーの父親を間接的に殺してしまうこととなる。
ある事件をきっかけに、その事実(ルルーシュが自分の父を殺した)を知ったシャーリー。
事件を片付けたルルーシュは、悲しみに泣き叫ぶシャーリーの記憶を、ギアスの力を使って、自分への思いとともに消し去る。
シティハンター
漫画「シティーハンター」では、主人公である冴羽獠が、カースタントウーマンの及川優希のボディーガードをする話で「誰かさんの記憶を消す物語」の構造が利用されている。
女好きな主人公のスイーパー冴羽獠は、(主に)ボディーガードを生業としていた。
ある日、命を狙われている一人のカースタントウーマン及川優希のボディーガードを引き受けることとなる。及川優希は冴羽に守られるうちに、彼に惹かれていく。
彼女と行動をともにする中で、冴羽獠は及川がある国の王女であること、そのある国の側近から命を狙われていること、事故死するよう催眠術をかけられてカースタントの仕事をしていることを知る。冴羽はこの黒幕を片付ける。
黒幕を片付けた後、自身が王女だという事実を知った及川は冴羽といること(王女には戻らない)を決意する。しかし、一晩のつかの間のデートの後、最後に冴羽が及川を送り届けたのは大使館。冴羽は無言で王女に戻れと伝える。
涙をぬぐいながら「あなたと過ごした日々の記憶は消してもらう」と言い残し、及川は冴羽と別れのキスをして去っていく。
使われている構造
これらの記憶を消し去る物語の基本構造を取り出してみよう。
「幽☆遊☆白書」と「コードギアス 反逆のルルーシュ」で使われている構造と、「シティーハンター」で使われている構造は少し違う。何が違うかと言うと、ヒーローとヒロイン、どちらがトラウマを受けるかという点である。
ヒロインがトラウマを受ける「幽☆遊☆白書」、「コードギアス 反逆のルルーシュ」の構造を「ヒロイントラウマ型」、ヒーローがトラウマを受ける「シティーハンター」の構造を「ヒーロートラウマ型」と命名しよう。例によって例のごとく、僕が勝手に命名したものだ。
意味についてはこれから説明していく。
ヒロイントラウマ型
「幽☆遊☆白書」、「コードギアス 反逆のルルーシュ」で利用されている「ヒロイントラウマ型」記憶消失物語の構造を一般化するとこんな感じだ。
- ヒロイン(女子)が主人公(男子)に恋心を抱く。
- トラウマになるような事件に、ヒロインが巻き込まれる。
- 事件の中で、ヒロインは主人公(男子)の秘密を知ってしまう。
- 事件を解決したのち、主人公は、ヒロインのトラウマとなりうる事件の記憶を、自分への思いとともにヒロインの頭から消し去る。
ポイントは、記憶を消す理由だ。
このパターンでは、ヒロインがトラウマになるような事件が起きたから、そのトラウマを消し去るとともに、自分にこれ以上つきまとわないように、関わりを持たないように処置をする、というのが記憶を消す理由となる。
そこから考えると、この形式の物語を作るためには、以下の条件を満たしておいた方が良い、ということになる。
- ヒロインが自分につきまとう理由を持っている(好き)
- 主人公はヒロインが嫌いではない。しかし一緒になれない理由がある(妖怪と人間)
- ヒロインにとって忘れたいくらいショックな出来事が起きる。あるいはショックな事実を知ってしまう(人を食う妖怪が存在することを知る、自分の思いびとが妖怪)
- ヒロインの記憶を消す際、そのショックな出来事以外に、自分に対する思いも消し去る理由がある(蔵馬のそばにいるから霊感が強くなり、餌として選ばれやすくなる)
- その後、ヒロインと二度と会わない
実を言うと「コードギアス 反逆のルルーシュ」はこの5つのうちの最後二つの条件を満たしていない。ルルーシュは自分自身の記憶を丸ごとシャーリーの頭の中から消す必要などなかったし、その後も普通にルルーシュとシャーリーは学園生活をともに過ごす。
しかし、だとしてもこの「コードギアス 反逆のルルーシュ」のシーンは素晴らしい。雰囲気と音楽とエンディングテーマへの繋がりの演出力で、きっちり感動的なシーンに仕立て上げている。
だから、ここであげた条件は必須というよりも、一つの基本セットだと思ってもらえれば良いだろう。
ただし、記憶を消すなら、絶対に彼女に対する優しさが必要だ。つまり、記憶を消した方が彼女にとって幸せになる(と、主人公が考えている)ことが必須となる。
そうしないと、人の記憶を勝手に消す主人公が、単なるわがままで冷徹な男として読者に映ってしまうだろう。
ヒーロートラウマ型
「シティーハンター」で利用されている「ヒーロートラウマ型」記憶消失物語の構造を一般化するとこんな感じだ。
- ヒロインに事件が起き、主人公がヒロインを守ることとなる。
- ヒロインが主人公に恋心を抱く。
- ヒロインの秘密を明らかにする(が明らかになる)。
- 主人公はヒロインを取り巻く事件に決着をつける。
- 主人公は(やせ我慢をしながらも)ヒロインの頭の中から記憶を消して、彼女を元の世界へと帰す。
さて、「ヒロイントラウマ型」と何が違うのだろうか。
最大の違いは、「ヒロイントラウマ型」が主人公側の秘密がヒロインにトラウマを与えているのに対し、「ヒーロートラウマ型」はヒロインの秘密(高貴な生まれ、など)に主人公側がある種のショックを受けていることにある。
そして、それゆえに別れを選ばざるを得ない状況であることが、「ヒーロートラウマ型」の最大のポイントだ。
実はこれは「ローマの休日」と同じ構造になっている。記憶を消す/消さないという違いはあれど、高貴な出身のヒロインを守りながらアバンチュールを過ごし、心を通わせた後、それでも最後には彼女を元いた場所に送り返す、という、ある種の男側のやせ我慢の美学だ。
ちなみにいうと、映画「ルパン三世 カリオストロの城」の最後もこのやせ我慢の美学が描かれている。
つまり、ヒーロートラウマ型においては、「記憶を消す」という行為は必須ではない。ヒーローの仕事は、高貴な出自のお姫様を紳士的に(やせ我慢交じりに)お城に送り届けた時点で終わりだ。その後、お姫様の記憶が残るか消えるかは、どちらもありえる。
だが、記憶を消してもらうという選択肢を選んだヒロインと主人公の関係は、独特の切なさを醸し出す。一つの有効な選択肢となる。
なお、映画「ローマの休日」のような切なさを演出する方法については、「切なさの作り方」でも触れている。興味があれば、ぜひ読んでもらいたい。
おわりに
最後に、上にあげた話を表にしてみよう。こんな感じだ。
ヒロインの記憶を消す話は、独特の切なさを醸し出す。
僕自身、シリーズが打ち切りにならなければ、ヒロインの記憶を消すプロットで話を書こうとしていた、ということもある。今後、機会があればぜひとも使いたいネタだとも思っている。
そんな背景も手伝って、健忘録的にここに記した次第。僕が使おうとしているテクニックが、少しでもキミの小説に活きるなら幸いだ。
活用されたし。
ライトノベル作家。
商業作家としての名義は「くれあきら」とは別。今は主にブログで小説にまつわるアレコレを配信中。デビューから商業作家時代の話を「今、小説家になるために必要なもの(1)」に書いてます。