さて、今回取り扱うのは2018年12月21日に公開されたディズニーアニメ「シュガーラッシュ・オンライン」だ。
この作品は2012年に公開された「シュガーラッシュ」の続編なのだけれど、僕は前作を見ずに「シュガーラッシュ・オンライン」を見た。
「インクレディブル・ファミリー」の時もそうだったのだけれど、あえて全編を見ずに続編を見に行くと、「続編を書く時、どのように前作の情報を出すべきなのか」という点について、色々と気付きがあるものなのだ。
僕の大好物なディズニーアニメで、しかも「ズートピア」のスタッフということで期待大だったのだが、今回はちょっと辛口になるかもしれない。でもそれは愛ゆえにだ。
では、この作品で使われている物語技法について見ていくとしよう。
あらすじ
「シュガーラッシュ・オンライン」とはどんな作品だろうか。あらすじを言うとこんな感じだ。見た人は読み飛ばしてもらって構わない。
逆に、見ていない人にはネタバレになるので、ご注意を。
アーケードのレースゲーム「シュガーラッシュ」のキャラクター、ヴァネロペは毎日同じコースを回ることに退屈していた。
一方、ヴァネロペの友人「フィックス・イット・フェリックス」の、なんでも壊す悪役ラルフは、ヴァネロペと過ごす日々に満足していて、この状態が続けばいいと思っている。
そんなある日、退屈しているヴァネロペを楽しませようとしたラルフの行為がきっかけで、「シュガーラッシュ」のゲーム機のハンドルが壊れてしまう。
ハンドルを作っているメーカーはもう倒産していて在庫もなし。このままでは「シュガーラッシュ」はゲームセンターから撤去されてしまう。
そこで二人は、ネットオークションでハンドルを手に入れるためにインターネットの世界に入り込むことに。
オークションで無事にハンドルを手に入れるも、それを支払うお金がない二人は、お金を稼ぐために色々な仕事に手を出す。
そんな中、たまたまアップロードしたラルフの動画がネット上でバズり、広告費が入ってくることで支払いの目処がたつ。
ヴァネロペはそれを後押ししようと、広告のポップアップを持ってネットの世界を飛び回るが、スリルあふれるレースゲームに遭遇し、自分の居場所はアーケードゲームではなく、ここなのではないかと悩む。
そんなヴァネロペの気持ちを知り、彼女と過ごす毎日がなくなってしまうかもしれないことにショックを受けるラルフ。
そして、彼女を引き止めようとレースゲームの中にウイルス(不安定なものに対して攻撃を仕掛けるバグ)を仕込み、ゲームをつまらなくしようとする。
だが、それがきっかけでヴァネロペの身に危険が迫る。ラルフがどうにか助けるが、ラルフの行為が許せないとヴァネロペはラルフから遠ざかる。
親友に愛想をつかされたラルフ。そんな不安定な気持ちのラルフに、先のウイルスが反応し、ラルフのクローンが大量増殖し、巨大化してインターネットの世界をめちゃくちゃにしながらヴァネロペを追いかける。
そんな危機に陥ったヴァネロペを、身を呈して助けるラルフ。
巨大クローンラルフに握りつぶされそうになるラルフを見て、「ずっと一緒にいると約束するからラルフを放して」と懇願するヴァネロペ。
それに対し、ラルフは「ダメだ」と言い、巨大クローンラルフに「友達なら新しい世界へのチャレンジを応援するべきなんだ」と説得する。
巨大クローンラルフはそれを受け入れ、ラルフを手放して消滅する。
その後、ヴァネロペはアーケードゲームからネットの世界のレースゲームに活動の場を移す。
使われている技術
当然のごとく、この映画にもたくさんの物語技法が使われているわけだが、ここで取り上げたいのは以下となる。
- 旅立ちの理由
- バディものの仕組み
- 白状
後ろ二つは残念ながら反面教師的な扱いになる。
それぞれ説明していこう。
旅立ちの理由
「シュガーラッシュ・オンライン」では、町のゲームセンターのアーケード機にいるキャラクターたちが、インターネットの世界に旅立っている。
この旅立ちの理由は、「シュガーラッシュ」のアーケード機のハンドルが壊れたから、インターネットの世界で探そう、というもの。
ラルフが「準備をしろ、インターネットでハンドルを探すぞ」と言ったら、ヴァネロペは「わお! ラルフにしてはいいアイデアじゃん!」となったわけだ。
「小説家は主人公にどんな理由で旅を開始させる?」で挙げた分類でいうと、「のっぴきならない理由」で、「望んでいた冒険に出る」がそれに近いだろう。というのも、ゲームのハンドルが手に入らないとアーケード機はスクラップになるし、ヴァネロペは新しい刺激を求めていた。
先に挙げたエントリ「小説家は主人公にどんな理由で旅を開始させる?」でも記した通り、本来、「のっぴきならない理由」で、「望んでいた冒険に出る」パターンの旅立ちは読者、視聴者に違和感を与えやすい。というのも、望んでいた冒険ならとっとと出て良いはずで、のっぴきならない理由を待っている必要などないのだから。
しかし、この「シュガーラッシュ・オンライン」は、その違和感をうまくクリアしている。
どうやって?
それは、ヴァネロペの「刺激が欲しい、毎日退屈」という思いと、その思いを解決する方法(インターネット)をあまりダイレクトに結び付けずにいることで、成立させている。
そう、最初からヴァネロペが「インターネットに出たい」と思っていたら、Wifi接続のゲームが出た瞬間に、ハンドルの故障を待たずして、禁止されていようがなんだろうがネットに飛び込もうとしても良いわけだ。
この「シュガーラッシュ・オンライン」は、「のっぴきならない理由」で、「望んでいた冒険に出る」パターンにおいて、違和感を産まずに見事に旅立った好例と言えるだろう。
バディものの仕組み
「シュガーラッシュ・オンライン」は少女ヴァネロペと悪役ラルフのバディものだ。
「シュガーラッシュ・オンライン」のすぐ後に前作「シュガーラッシュ」を見たのだけれど、バディものの色合いは前作の方が圧倒的に強い。が、本作もバディものであることに変わりはない。
ただし、本作には問題がある、と僕は感じた。
前作同様、それぞれの目的のためにヴァネロペとラルフは行動をともにし、仲違いをして、しかし最後にお互いのピンチをお互いの能力で救いあって、仲直りをする。
なのだけれど、本作「シュガーラッシュ・オンライン」では、金を稼がないといけないという問題に対して、ラルフもヴァネロペも自分の力(ラルフは壊すという力、ヴァネロペは車を運転するという力)を活用していない。
その後、巨大化したクローンラルフがヴァネロペを捕らえようとしている最中のくだりでも、ヴァネロペは逃げるばかりでラルフに助けられるだけの存在となっている。
実にもったいない。せっかく天才的なドライビングテクニックを持っているという設定があるのだから、それを活かして彼女を活躍させるべきだろう。前作を見て、その面白さに触れ、期待に胸を膨らませていた人たちなら、なおさらそう思ったんじゃないだろうか。「こんなヴァネロペが見たかったわけじゃない」と。
ラルフにしても、壊すという力を活用してヴァネロペを助けているわけじゃなかった。ラルフらしい活躍というには程遠かったのだ。
バディものは、仲違いをしながらも、お互いがお互いを助け合う。そのコンビネーションが見るものに感動と快感を与えるのだ。そこを押さえないと、肩透かしになる。
バディものがバディものとして面白く機能する仕組みについては「バディ(相棒)ものを書くときのポイント」で触れている。興味があれば読んでもらいたい。
白状
本作ではクライマックスのシーンで、巨大クローンラルフに対してラルフが説得をする。
ラルフを握りつぶそうとしている巨大クローンラルフに対し、ヴァネロペが「ずっと一緒にいてあげるからラルフを放して」と言い、これに対してラルフが「ダメだ、友達なら彼女の邪魔をするべきじゃない、縛るべきじゃない、新しい世界に旅立つ彼女を見守ってあげるべきだ」と、自分に言い聞かせるように巨大クローンラルフを説得する。
ヴァネロペも、ラルフも、言葉で巨大クローンラルフの説得にあたったわけだけれど、これは悪手だ。クライマックスのシーンを、言葉で片付けるべきではない。むしろ言葉をできるだけ排除することを突き詰めて考えるべきだ。
言葉であれこれ片付けようとすると、「小説家はどうして犯人に犯行の理由を白状させるのか」のエントリの中で記した「崖の上の白状シーン」のように茶番じみてしまう。
ではどうすればよかったのだろうか。
答えの一つとしては、アクションで魅せることだ。
先の「ヴァネロペがあまり活躍していない」という問題と合わせて考えると、やはり彼女はラルフがピンチのその時、レーシングカーを飛ばして彼を助けるべきだったろう。
言葉での説得ではなく、例えば「時間以内にこのゲートをくぐるとクローンラルフとずっと二人っきりの世界に閉じ込められてしまう」的な踏み絵をレーシングカーで踏もうとすることで、「ずっと一緒にいてあげるから」を言葉ではなく行動で示すとか、手はあったはずだ。
そしてラルフもラルフで、そんな彼女の捨て身のアクションを、彼の特性である「壊す」というアクションで阻止し、彼女が新しい世界に旅立つことを後押しすることで、自分の気持ちにケリをつけ、同時に巨大クローンラルフを(その行動をもってして)説得するとか、やりようはあったはずだ。
ここで挙げたのは、僕がパッと考えただけだから、もっとうまいやり方、見せ方はいくらでも出てくる。
僕からすると、「シュガーラッシュ・オンライン」のラストは、考えうる最悪の方法、とは言わないまでも、考えうる割と悪い方法で決着をつけた、という感じだ。
おわりに
ディズニーの作品はどれも魅力的で、平和で、一定以上の品質を保っていて、退屈しない。物語を作る立場からすると、たくさんのヒントが散りばめられている、最高の教材だ。
だからこそ、ディズニーの作品には、お手本になるような物語を作り続けてもらいたい、と思っている。今回、辛口になってしまったけれど、それだけ期待している証なのだ。
ちなみに、前作「シュガーラッシュ」は文句なしの最高傑作。僕の中のディズニーアニメの上位ランキングを塗り替える素晴らしさだった。
というわけで、「シュガーラッシュ」についても以下エントリで語ることにした。
この素晴らしくスイートなシリーズを、後味悪いしめ方で終わらせるのは気が引けるからね。
ライトノベル作家。
商業作家としての名義は「くれあきら」とは別。今は主にブログで小説にまつわるアレコレを配信中。デビューから商業作家時代の話を「今、小説家になるために必要なもの(1)」に書いてます。