今、小説家になるために必要なもの(10):本が売れない理由は?

先のエントリまでは僕のデビュー前夜から出版社と袂を別つあたりまでのことを書いた。ここからは僕についてではなく、昨今の小説業界のことを少し書きたいと思う。特に、本が売れていない今の状況について触れたい。

(このカテゴリは続きもののため、未読の方はぜひ第一回「今、小説家になるために必要なもの(1)」からどうぞ)

なぜ今、本が売れないか

なぜ今、本が売れないか。

複合的な要因があるだろうけれど、だいたいキミが考えている通りだ。ざっくり言えば、本以上にお金と時間を使うべきものが現代人には多く存在するから。

SNSやネットゲーム、Youtubeなど、ネット上には面白いものがあり、満足できるつながりを持つことができる。

これらネット上でのコンテンツやコミュニケーションが、若い人を中心としたあらゆる世代の時間を吸い上げて大きく膨らんでいる。本なんて読んでいる場合じゃないのだ。

象徴的なコラボ

人々が、ネットのコンテンツにお金と時間を使うようになった。これに関する象徴的な出来事がある。サーティーワンアイスとパズドラのコラボだ。

少し古い話なのだけれど、実に分かりやすい例だと僕は思っているので、ここで取り上げてみよう。

軽く解説。パズドラとはガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社(以下、ガンホー)が2012年に発売したスマホ用パズルゲーム「パズル&ドラゴンズ」のことで、サーティーワンアイスというのはB-R サーティワンアイスクリーム株式会社が展開する全国チェーンのアイスクリームショップだ。

パズドラとサーティーワンは2013年から2015年の間、31日がある月にコラボをしていた。パズドラのゲーム内に、サーティーワンアイスを握りしめたモンスターが出てくる、そんなコラボだった。流行ったゲームだから、キミもプレイしたことがあるかもしれない。

キミがサーティーワンアイス会社の社長や広報担当だとしたら、ゲームとコラボしようと思うだろうか。少なくとも僕はサーティーワンのような作戦は思いつきさえしなかっただろう。

そう、このコラボの裏には、サーティーワンアイスの冷静な市場分析と巧妙な戦略が見え隠れしている。少し歴史を振り返りつつ、話をしたいと思う。

デジタルがアイスを食った理由

今から20年近く前、1990年代後半、サーティーワンアイスの社長は、自社の売り上げ低迷に対してこういった。

「うち(サーティーワンアイス)の売り上げが下がってきているのは、携帯電話のせいだ」

携帯電話のせいでアイスが売れない?

普通に考えれば、アイスショップのライバルはアイスショップのはずだ。そうじゃなければコンビニやスーパーのアイスのはずだ。アイスショップの競合が携帯電話とは、どういうことだろうか。

社長が言うには、こうだ。

「うちのアイスクリームのメイン消費者は女子中高生だ。その女子高生が携帯電話の通話料や着メロにお金を使うようになり、うちのアイスに回すお金がなくなってしまった。だから携帯電話がうちのライバルだ」

そういうことらしい。

まあ、今で言えばスマホの使用料とLINEのコイン代、ソシャゲのガチャ料金に持っていかれた、というところだ。

そして、それから時を経た2013年。

サーティーワンアイスはパズドラが全国的に受け入れられるまさに右肩上がりのその最中に、パズドラとのコラボを実現した。毎月31日、つまりサーティーワンの日に、サーティーワンの特別ダンジョンを限定で配信し、パズドラユーザに対して認知度を高めていった。このパズドラユーザには、サーティーワンアイスのメイン消費者である女子中高生も含まれている。

サーティーワンアイスは若者たちの間で認知度を高めていった。普段アイスを食べない人たちにも、男子にも、その存在が浸透していった。どれだけ売り上げに貢献したかはともかくとして。

サーティーワンアイスはその後、株式会社ミクシィ内のスタジオ「XFLAG」が配信しているスマホ用ゲーム「モンスターストライク」ともコラボをしている。

サーティーワンアイスがコラボするのはゲームに限った話じゃない。株式会社サザビーリーグが手がけるブランド「Cocoonist(コクーニスト)」ともコラボをしてアイスクリームがテーマのアイテムを販売したり、イトーヨーカドーとコラボをしてランドセルを販売したり、あるいはランチパックとコラボしたりと、様々なアイテム、業種と手を組んでいる。

実に面白い戦い方だ、と思う。彼らは、自分たちの敵がハーゲンダッツじゃないことをよくわかっているのだ。

市場はゼロサムゲーム

一体僕は何が言いたいのか。

それは、「世の中は、思っている以上にゼロサムゲーム、つまりは奪い合いだ」ということだ。携帯電話一つでアイス業界の売り上げは下がるし、スタンプやガチャやコインのせいで出版業界の売り上げも下がる。

そして、だからこそ、サーティーワンアイスのような戦略が生まれるし、それが効果を発揮する。

僕たち購買者の財布は一つで、収入源も限られている。ある一つの業界の流行りが、他の業界の衰退を招かない理由はない。

ワープロがタイプライターを駆逐し、パソコンがワープロを駆逐した。携帯電話がポケベルを駆逐し、スマホが携帯電話を駆逐しようとしている。そういうわかりやすい対立項以外にも、戦いはある。

見えないところで、バランスが取られている。食費や家賃はそうそう削れない。だからこうした社会の変化の影響を真っ先に受けるのは、娯楽費用や交際費だ。

「本? 調べたいことはネットで調べればいいし、図書館もあるから、買わなくていいでしょう?コレクション目的とか、よっぽど特典があるとかなら別かもだけど」

そうなるのは当たり前だ。

中高生相手のビジネスの市場規模

こうして、今まで小説を買っていたお金でLINEのスタンプを買い、パズドラやモンストやその他ソーシャルゲームに課金をし、ニコニコの有料サービスに金を使い、アイスを手に友達と無駄話をするようになる。

特に、ライトノベルに関して言えば、メインターゲットは中高生だ。だとすれば、市場規模は以下の計算式で近似値が求められる。

中高生の人口 × 一人当たりのおこづかい

もちろん、中高生以外にもライトノベルを買う人はいるわけだが、それでもやはりメインターゲットは中高生なので、中高生に的を絞ろう。

2017年現在でいうと、中学高校合わせてだいたい650万人くらい。一人当たりのおこづかいの平均は中学生がだいたい3000円、高校生で5000円くらい、平均4000円だとして

650万(人) × 4000(円) = 260億円

これが、中高生相手のビジネスの市場規模になる。ライトノベルは、この市場をスタンプやガチャやコインや有料サービスやアイスやハンバーガーと取り合いするわけだ。

金額が大きいので、「一人の中学生が、4000円を毎月渡された後、小説にいくら使おうと思えるか」と考えた方が良いだろう。一冊600円もする本なんて、よっぽど好きなものなら一冊買うかどうか、そのくらいが関の山だ。

僕たちライトノベル作家は、その彼or彼女にとっての「よっぽど好きなもの」になり、買ってもらうわけだ。

川原礫の「SAO」や西尾維新の「物語シリーズ」を差し置いて、自分の本を買ってもらわないといけないのだ。

小説家として、特にライトノベル作家としてデビューをするということは、そういう戦場に赴くことに他ならない。

次回、「今、小説家になるために必要なもの(11):かつての「IT革命」は誰を殺したのか?」につづく