今、小説家になるために必要なもの(5):原稿を書いた後の小説家の仕事

前のエントリでは、編集者が原稿に対してどのような指摘をするかについて触れた。ここでは入稿に際して、小説家がどんな作業をするのかについて触れたい。

(このカテゴリは続きもののため、未読の方はぜひ第一回「今、小説家になるために必要なもの(1)」からどうぞ)

入稿について

入稿について少し話をしよう。

入稿とは字面の通り原「稿」を「入」れることを指す。

どこに入れる? 印刷所に、だ。

著者が書いた原稿は印刷所に運ばれ、そこで本の体裁になって出版社に戻って来る。本の体裁といっても別に冊子になって上がってくるわけではなくて、A4の紙にページ番号とタイトルが振られているだけだ。そこに文庫の見開き2ページが印刷されている状態。

プレス用の機械にかけたらそのまま本になる、ただしイラストは入っていない、という姿だと考えてもらおう。

印刷所から出版社に戻ってきた原稿(一回目の戻り原稿を「初校」、と呼ぶ。二回目は再校)は校閲と呼ばれる人の元に届けられ、そこで日本語の使い方やストーリーの矛盾をチェックしてもらうことになる。と、同時に控えの原稿が著者のところにも届き、著者側で内容をチェックする機会が与えられる。

そして校閲と著者のチェック結果を本稿と呼ばれるマスター原稿に反映させて、再度印刷所に送るのだ。

修正の機会が与えられているとは言いながら、ダイナミックな手直しをしようとすると、作家は編集者に怒られる。編集者は編集長と印刷所に怒られる。なぜ怒られるかというと、もちろんわけがある。

一行追加になると、以降のページを(節の区切りまで)すべて作り直さなければいけないから、印刷所に手直しの手間がかかるのだ。というわけで、入稿する原稿は、ほぼ完成版となっているのが理想。

もう一ついうと、この印刷所に原稿を持っていくタイミングで再校のスケジュールが決まり、ひいては出版スケジュールが決まる。だから、入稿の締め切りは絶対に守る必要がある。守らなければ、予定していた月に本が出なくなる可能性がある。

となると、関係者に多大な迷惑がかかる。これは社会人として完全にNGだ。当然、編集者からの信頼はなくなり、仕事が回ってこなくなるだろう。売れていれば情状酌量の余地ありかもしれないけれど、売れない作家なら一発退場かもしれない。

出版社は売れないことには寛容だけれど、スケジュールを守らないことには容赦ない。

入稿についてもう少し(ルビ表)

せっかくだから入稿にまつわる話をもう少ししよう。

入稿の際、著者は原稿と合わせて「ルビ表」と呼ばれるものも印刷所に渡す。ルビ表というのはこんな感じのものだ。

こうしておくと、

こんな感じ・・・・・

とか

偉大なる旅グレートジャーニー

とか

構造アーキテクチャ

となる。要するにルビ表とは「どのページのどの行にどんな送り仮名を送るのか」を記した一覧だ。難しい漢字や読みづらい文字なんかに対しては印刷所が適当にルビを入れてくれるのだけれど、当て字や傍点ルビは自分で指定する必要があるから、提出する。

さて、これを見てどう思っただろうか。

何も思わない? なるほど、くれあきらも最初は何も思わなかった。

だけど、これを見て何かを感じた人もいるだろう。だとしたら鋭い。

お分かりだろうか。何かを感じた人の答えは、多分こうだろう。

「ルビが大量にある場合、面倒くさいですね」

その通り、面倒くさいのだ。くれあきらの場合、大体一冊の文庫で二十カ所くらいのルビを振る。それらすべてが、どのページの何行目にあるのかを押さえて書き出さないといけない。これは面倒くさい。

二十カ所くらいなら大したことは無いと思うかもしれないけれど、ルビ表を作っている最中に本文を変えたくなったりして、しかもそれによって行数が変わればまた確認のし直しだ。

執筆にあたってあらかじめ出版社から「このフォーマットで書いてください」と渡されるのはwordのフォーマット(※出版社によってたぶん差異あり)なのだから、wordのコメント機能やルビ機能を使ってそのまま入稿出来れば良いのに、と何度思った事か。

出版業界には、随所随所にこうした古風なやり口が残っているのだ。

(ちなみに、これに限っては、wordのマクロ機能(プログラムを仕込む機能)というものを利用して、wordのコメントのページ数と行数を自動的に取得してファイルに出力する仕組みを作って解決をしたのだけれど)

入稿についてもう少し(校正記号)

古風な話は他にもある。

原稿を印刷所に入稿してから一週間もすると、印刷所から編集部に初校が届く。先に記した通り、著者と校閲はこの初校にそれぞれ手入れをしていくのだけれど、この手入れに使うのが「校正記号」と呼ばれるものだ。(機会があれば図で説明しよう)

著者はこの校正記号を手書きで控え原稿にいれていき、さらにその後、校閲が色々指摘をしている「本稿」をもらってその中に手書きで自分の修正箇所を転記していく。

手書き! 面倒くさすぎる。

しかも、文字を削ったり追加したりということをあれこれやっていくと、場合によっては行数がずれる可能性もある。その場合、一行ずれました(増えました/減りました)を鉛筆書きで記す必要がある。しかも、行数が変わってしまう場合にはそれを前後数ページ以内で回収しないといけない。

これもまた面倒くさい。

もちろん、電子データをベースにすることでこれら手作業(ルビ表、校正)を無くすことは出来るだろうけれど、そうすると印刷所の仕事が無くなってしまう。

出版業界がデジタルへの切り替えに消極的なのは、印刷所や取次、書店といった協業者とのしがらみも一因となっているはずだ。

とにかく、再校を出版社に送り返したら、それで著者としての作業は完了。あとは発売を待つだけ。と、言いたいところだけれど、ライトノベルに関して言えば、まだ他にも作業がある。

イラストだ。

キャラ表の話

入稿前後のライトノベル作家の楽しみと言えば、イラストである。この時期、イラストレーターからラフ画が上がって来るのだ。

ライトノベルでは、イラストレーターにキャラクターのイメージを伝えるため、著者が「キャラ表」というものを作る。数行程度の、キャラクターの特徴を記した簡単な文章だ。大体こんな感じ。

  • (性格)表の顔は爽やかで紳士的な医者。裏の顔は、生まれたての赤子から老人まで、隙あらば誰でも殺す殺人鬼。殺す時でさえ爽やかな紳士態度を崩さない。
  • (ルックス)長身の長髪。鋭い目つきに薄い唇。白衣を着ていて眼鏡をかけている。

キャラ表は主にルックスを記す項目と、性格を記す項目を用意する。

多分、このキャラ表は人によってそのボリュームや粒度が違うだろう。アクセサリーや靴下、小物まで事細かに記す人もいるはずだし、くれあきらのように適当な人間もいる。

執筆の前に準備しておくのも良いと思うけれど、こだわりがないなら求められた段階でサラッと出すレベルでも大丈夫。イラストレーターが「もっと情報が欲しい」というなら、その限りではないけれど。

イラストレーターはどう決める?

誰をイラストレーターに使うかは編集者が決める。作家が要望を出す事も一応出来るけれど、あまり期待しない方が良いだろう。くれあきらを担当していた編集者も希望は聞いてくれたが、それが叶うことはなかった(結果オーライだったと思うけれど)。

編集者がどこからイラストレーターを引っ張って来るかというと、イラスト投稿サイトである場合が多い。そこでイメージに合ったイラストを描く画家さんを見つけて来るのだ。

だから、イラストの仕事をしたい人は、pixivのようなサイトに投稿をしておくと良い。キミの絵が特徴的で魅力的なら、声がかかるかもしれない。

ライトノベルのイラストレーターは、十枚から十五枚のイラストを、約10万円から15万円程度で仕上げる。これが安いか高いかは……イラストの描けない僕にはいまいち分からないけれど、ちょろい仕事だとは思わない。

少なくともくれあきらを担当してくれたイラストレーターのイラストには、それ以上の価値は間違いなくあったと思う。

イラストの何をチェックするか

どのイラストレーターさんを起用するかの決定権は無いにしても、ラフに対してのコメントは色々と求められる。例えば「イメージとあっているか」「ストーリーと食い違うイラストはないか」などなど。

そこでイラストに対してあれこれ指摘をして、最終的にビッとした綺麗なイラストになっていくのである。

不思議な事に、自分の作品にイラストがつくと、途端に物語が鮮やかな色彩を帯びてくるのだ。おお、なんという感動。まるで戦場の中の休日。クリミア戦争の最中にナイチンゲールの治療を受けた兵士は、こんな気分だったのかもしれない。

だが、当然戦いは続く。二巻だ。

そしてもちろん、順風満帆にはいかない。

次回、「今、小説家になるために必要なもの(6):二巻以降をどう書くか」につづく