小説の主人公はどのようにして事件解決の手がかりをつかむか

小説の主人公は、「犯人と思っていた人間が殺害されて、調査が振り出しに戻った」など、次に何に手をつければ良いか分からないという、そんな失意の状況に陥ることがある。

しかしその後、何かをきっかけに、主人公は事件や謎を解き明かす鍵を手にいれ、話が前に進んでいくーーそんなストーリー展開の物語を見たことがあるだろう。

このエントリでは、小説の主人公はどのようにして失意に陥り、そしてその後、事件解決の手がかりをつかむか、そのセオリーについて語りたいと思う。

主人公が失意に陥るセオリー

ミステリーに限らず、小説の主人公は「いったいどうすれば良いんだ」という状態に陥り、落ち込むことがある。

例えば、ディズニー映画「シュガー・ラッシュ」では、みんなに慕われるヒーローに憧れている、「フィックス・イット・フェリックス」というアーケードゲームの悪役キャラのラルフが、苦労の末に見事ヒーローのメダルを手に入れる。

けれど、そのせいで別のアーケードゲーム「シュガー・ラッシュ」のキャラであり友人であるヴァネロペと仲違いをしてしまうこととなり、おまけに自分のゲームのキャラも自分の周りから去っていってしまう。

そして、「いったい自分は何がしたかったんだ」と思い悩み、メダルを(ゲームの内側からモニタに向かって)放り投げる、そんなシーンがある。

(「シュガー・ラッシュ」については「あの作品で使われている物語技法(映画「シュガーラッシュ」)」でも触れているので合わせて読んでもらえると幸いだ)

あるいは、同じくディズニー映画「ズートピア」では、うさぎの警官ジュディがきつねの詐欺師ニックと手を組んである事件(突然肉食動物が凶暴になり、襲ってくる)の犯人を捕まえる。

記者会見でジュディが「肉食動物には草食動物を襲う遺伝子が組み込まれているから、凶暴になった可能性がある」と言ったことをきっかけに、肉食動物であるきつねのニックはジュディに落胆し、彼女の元を去る。

一方、ズートピアの街もジュディの発言をきっかけに肉食獣と草食動物の対立が激化。「世界をよりよくする」ために警察になったのに、街をめちゃくちゃにしてしまった、とジュディは警察を辞め、田舎へと戻る。

端的に言うと、「信念を持って自分の思う道を進んできたけれど、思うようにいかなかった。むしろ悪い方向に話が進んでしまった」というところだろう。

逆に考えると、この主人公の失意の状態を作り出すには、主人公に何かを頑張らせ、そしてその後、行く手を阻むことで実現することができる。

ちなみに、話が少しそれてしまうが、主人公にこうした失意を感じさせる理由については、「小説に葛藤が必要と言われる理由」を読んでもらえばだいたい掴めると思う。ぜひ合わせて読んでもらいたい。

失意の後、どうするかのセオリー

主人公に失意を感じさせた後、小説家はどうするか。主人公が今まで積み上げてきたものを一度リセット、もしくは放棄させるのだ。

そして、今まで自分が積み上げてきたものを放棄、リセットした主人公たちは、その積み上げてきたものを手放すことにより、事件解決の手がかりをつかむ。小説家は、物語がそうなるように仕向ける。

先ほど出した作品の例で言えば、「シュガー・ラッシュ」のラルフは、失意とともにヒーローのメダルを放り投げる。それにより、アーケードゲームのモニタに貼り付けられていた紙が剥がれ落ち、別のアーケードゲーム「シュガー・ラッシュ」を目にすることになる。

そして、そのゲーム機に描かれているもの(他人に迷惑をかけうる不具合でしかないはずのヴァネロペの姿)を見て、違和感を感じる。不具合でしかないのにゲーム機に大きくイラストが描かれているのは変だ、彼女は不具合などではなくゲームの主役級キャラのはずだ、と。

それをきっかけに、ラルフは動き出し、物語が先へと展開していく。

「ズートピア」のジュディは失意のうちに警察を辞め、田舎に戻る。そして、田舎で父親と農作物を売る日々の中で、知り合いの草食動物が、ある植物(「夜の遠吠え」)を口にしたことにより凶暴化したという話を自分の父親から聞く。

そしてジュディはふと気づく。ズートピアで起きていた肉食動物の凶暴化の事件は、遺伝子のせいではなく、そのある植物(「夜の遠吠え」)のせいに違いない、と。

それをきっかけにしてジュディはズートピアに戻り、事件解決のために動き出す。

あるいは、今まで積み上げてきたものをそこまで破壊せずとも、「調査し続けてきたから気分転換に映画でも見に行こう」とか、「水族館にでも行こう」とか、そんな風に気分転換をさせる。

そして、小説の主人公は、そんな風に気分転換している中で、偶然何かに出会い、事件解決の手がかりをつかむこととなる。そして物語が転がっていく。

小説家は、主人公が積み上げてきたものを一度放棄、リセットさせる。それにより事件解決のヒントや、問題解決のためのヒントや、新しい気づきを主人公に与える。

なぜ小説家は、そんなことをするのか。

例によって例のごとく、身も蓋もない言い方をすれば、そうすることが物語の定石であり、そうすることで物語がより物語っぽくなるから、というところだ。

もう少し言うと、今まで積み上げてきたものをリセットしてしまって、その後どうなるんだろう、と、読者の興味をその後の展開に対して向けるためだ。これについても先に上で紹介したエントリ「小説に葛藤が必要と言われる理由」に詳細を記してあるので、参照してもらいたい。

物語は、トントン拍子では面白くないのである。

事件解決の手がかりをつかむ時のセオリー

主人公は今まで手にしていたものを放棄、リセットすることで、事件解決の手がかりをつかむこととなる。事件解決につながる何かに気づくこととなる。

では、どのように気づくのか。

きっかけとなるのは次の二つだ。

  • 一般常識や事実
  • 伏線(それ以前に起きた、物語上の出来事)

それぞれ見てみよう。

実を言えば、ここからが本題だ。

一般常識や事実

主人公が事件解決のきっかけを手にする一つのパターンとしては、一般的な常識(水は凍ったり溶けたりする、とか、鏡は像を左右反転させる、とか)と照らして考えると変だ、ということから気付く、というものがある。

あるいは、一般的な常識ではないけれど、事実として言えることからも、事件解決につながるきっかけを手にいれる一つのパターンとなる。ただしこの場合、事件解決の鍵を手にいれる主人公は、何かの専門家か、少なくともその領域に明るいバックボーンを持っている必要がある。

なんの特徴もない小学生が、医学の最先端の知識を用いて事件を解決することは許されない。そうしたいというなら、この小学生は早熟で、かつ、その医学の知識はテレビや本や会話で見聞きした、という描写を事前にしておかないといけない。

「シュガー・ラッシュ」で言うと、ラルフは「アーケードゲームの筐体に描かれるキャラはメインキャラのはず」という常識と照らし合わせ、ヴァネロペが不具合の邪魔者として扱われていることに違和感を感じ、その理由を解き明かそうと動き出した。そうすることにより、物語が展開していったわけだ。

伏線(それ以前に起きた、物語上の出来事)

主人公が事件解決のきっかけを手にするもう一つのパターンは、伏線として作者が準備していた何か(登場人物の行動や、設定や、発言)から、「もしかしたら……」と気づく、というものがある。

「ズートピア」で言えば、「「夜の遠吠え」(凶暴化を引き起こす植物)には手を出さないように」という父親のセリフから、ジュディは「もしかしたらズートピアでの凶暴化事件は肉食動物、草食動物の遺伝子はまったく関係なく、「夜の遠吠え」こそが関係あるのかも」と思い至った。

ただし、この「ズートピア」がここで使っている手法に関しては、もう少しうまいやり方も、きっとあった。なぜなら、それまでに「夜の遠吠え」という植物について一切語られておらず、いきなり出てきたからだ。

「もしかしたら「夜の遠吠え」のせいかも……」というジュディの予想に対して、「なるほど、言われてみれば確かにそうかも」と思わせるためには、それ以前に「夜の遠吠え」を出し、しかも凶暴化に類する効果があることを物語上の事実として観客に十分浸透させておく必要がある。

もう少し言うと、事前に「夜の遠吠え」を出す際、「これを口にすると凶暴化する」という出し方ではなく、例えば「この「夜の遠吠え」はこういう症状の病気の時に服用する薬で、こういう効果が出る(けれど、それは裏を返すと凶暴化にもつながる)」といった話を事前に出しておき、後から「「夜の遠吠え」……ああ、これこれの時に服用する薬ね……まてよ、ということは裏を返すと凶暴化するかも」的な出し方の方が、幾分良かっただろう。

おわりに

小説の中盤から後半あたりにおいて、主人公が遭遇するであろう失意と、その後の事件解決の鍵を手にいれる流れについて、そのメカニズムを記してみた。

このエントリで覚えてもらいたい点は、事件解決につながる「何か(鍵)」に気づく流れは、読者がきっちり納得できる形にしておかないと、ご都合主義的なものとして映ってしまう、ということだ。

一般常識を使うなり、事前に入念な伏線を準備しておくなりして、読者をきっちりと納得させ、「なるほどたしかに!」と思わせることが、読者サービスになる。そのことを肝に銘じ、事件解決の鍵を物語に登場させてもらいたい。

活用されたし。